「先生、今日は痛いところはありません。」
今回ご来院されたのは、約2か月前にぎっくり腰で来院された男性の患者さんです。
前回は、腰を支える腰部腸肋筋の筋緊張が強く、発症直後ということもあり、その筋肉を中心に施術を行いました。
その後、腰の痛みは落ち着き、今回のご来院時には日常生活で困る症状はありませんでした。
それでも来院された理由を伺うと、とても印象的なお話をしてくださいました。
「ぎっくり腰になる前は、自分では腰に悪いところなんて全く感じていませんでした。でも施術を受けたあと、以前(ぎっくり腰になる前)より腰が軽くなったんです。それが驚きで、今回はケアのために来ました。」

自覚症状がなくても、筋肉は疲れていることがあります
私たちは「痛み」を健康のバロメーターとして考えがちです。
しかし、筋肉の状態は必ずしもそうではありません。
日常生活や仕事、スポーツなどで繰り返し負担がかかると、筋肉には少しずつ疲労が蓄積していきます。
その段階では、違和感や痛みを感じていないことも珍しくありませんが、筋肉の柔軟性や滑走性が低下した状態が続くと、ある日突然、ぎっくり腰のような急性の痛みとして現れることがあります。
今回は、日頃から負担がかかりやすい腰部から骨盤周囲、特に腸骨稜周辺の筋肉を中心に施術を行いました。
実は、私自身も同じことを感じています
私は普段、自分では肩こりを感じることはほとんどありません。
ところが、勉強会などで肩こりに対する鍼治療の練習を受けると、「こんなに肩や首、腕って軽くなるんだ」と感じます。
つまり、自覚症状がない状態でも、筋肉には改善できる余地が残っていることがあるのです。
「痛くなってから」ではなく、「痛くならないために」
もちろん、痛みがない方すべてに施術が必要というわけではありません。
しかし、
・長時間のデスクワークが続く
・重いものを持つ仕事をしている
・運動量が多い
・過去にぎっくり腰を繰り返している
このような方では、症状が出る前に筋肉のコンディションを整えることが、結果として再発予防につながる可能性があります。
痛みだけでは、身体の状態は分からない
「痛みがない=筋肉が良い状態」とは限りません。
今回の患者さんのように、症状が落ち着いたあとで初めて、
「こんなに体は軽くなるものだったのか」
と感じられる方は少なくありません。
身体は、悪くなったことには気付きやすくても、本来の動きや軽さを少しずつ失っていく変化には気付きにくいものです。
だからこそ、症状が落ち着いた後も定期的に身体を整え、自分本来の動きやすさを維持することには、大きな意味があると考えています。
筋肉や筋膜は全身で連続したネットワークを形成しており、同じ姿勢や反復動作による負荷が続くことで、一部の筋肉に過剰な緊張や滑走性の低下が生じることがあります。近年では、このような筋膜ネットワークや筋筋膜の機能について、多くの研究が進められています。
鍼灸治療というと、「強い痛みが出てから受けるもの」という印象をお持ちの方も少なくありません。しかし実際には、症状が悪化してからよりも、「少し疲れが溜まってきたかな」「身体が重くなってきたかな」と感じるくらいのタイミングで身体を整えるほうが、筋肉への負担も少なく、良いコンディションを維持しやすいことがあります。
痛みは身体からのサインですが、それは必ずしも最初のサインではありません。
「痛くなってから」ではなく、「疲れが溜まってきたから整える」。
そんなコンディショニングの考え方が、結果としてぎっくり腰や肩こりなどの予防につながることも少なくありません。
当院では、そのような身体づくりも大切にしています。
【監修・執筆者プロフィール】
佐野 聖(さの ひじり):はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師(国家資格)
横浜市の「はり・きゅう・マッサージ治療院 feel」院長。1995年に国家資格を取得後、整形外科勤務を経て2003年に開業。
30年以上にわたり、肩こり・腰痛・坐骨神経痛・五十肩・頭痛などの慢性的な痛みの施術に従事。筋筋膜性疼痛症候群(MPS)、トリガーポイント、筋膜へのアプローチを専門とし、解剖学・運動学に基づいたトリガーポイント鍼治療を行っている。
過去には、トリガーポイント治療に関する臨床および技術について、鍼灸専門誌『医道の日本』に特集掲載。
現在も国内外の研究論文や専門書から知見を学び続け、エビデンスと臨床経験の両面を重視した施術を行っている。
