はじめに
「検査では異常がないのに、全身が痛い」
「どこを押しても痛い」「疲労感が抜けず、眠りも浅い」
このような訴えで来院される方の中には、線維筋痛症(FMS)を疑う、もしくは、すでに医療機関で診断されているケースが少なくありません。一方、臨床現場では筋筋膜性疼痛症候群(MPS)との鑑別あるいは両者の併存を正確に見極めることが極めて重要になります。
両者は「筋肉や体の痛み」という共通点を持ちながら、痛みの成り立ち・治療戦略・考え方が本質的に異なるためです。
線維筋痛症(FMS)とは何か
線維筋痛症(FMS)は、主として中枢神経系における痛覚処理の異常(中枢性感作)を基盤とする慢性疼痛症候群です。
代表的な特徴は以下の通りです。
・全身性・広範囲に及ぶ慢性的な痛み
・左右対称性に出現しやすい
・圧痛が局所ではなく「面」や「広がり」として存在
・強い疲労感、睡眠障害、集中力低下
・不安感や抑うつ傾向を伴うことがある
・血液検査や画像検査で明確な器質的異常が見つかりにくい
つまり線維筋痛症(FMS)の痛みは、筋や関節そのものの損傷が主因ではなく、「痛みを感じ取る中枢の調節機構」が過敏化している状態と理解する必要があります。
言い方を変えると、脳が本来感じるはずのない痛みを作り出しているような状態です。
また、これは20年以上線維筋痛症の方と関わらせていただいた経験上の話ですが、ほとんどの方が症状を発症する前に、トラウマ的な出来事を経験していて、このことが何らかの影響を及ぼしているのではないかと考えています。

筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とは何か
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は、主に筋膜に形成されるトリガーポイントを原因とする疼痛症候群です。
主な特徴は以下の通りです。
・局所的、あるいは片側性の痛みが多い
・索状硬結(しこり)として明確に触知できる
・圧迫により再現性のある関連痛が生じる
・過負荷、反復動作、不良姿勢、外傷などが背景にある
・原因筋への適切な介入で改善しやすい
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は、末梢組織レベルの機械的・生理学的異常として説明できる点が、線維筋痛症(FMS)との大きな違いです。
線維筋痛症(FMS)と筋筋膜性疼痛症候群(MPS)の決定的な違い
両者の最大の違いは、「痛みの発生源」にあります。
・線維筋痛症(FMS)→ 中枢神経系の痛覚処理異常が主因
・筋筋膜性疼痛症候群(MPS)→ 筋・筋膜のトリガーポイントという末梢要因が主因
ただし臨床上、非常に重要な点があります。
それは、線維筋痛症(FMS)患者の多くが、筋筋膜性疼痛症候群(MPS)を併発しているという事実です。
中枢が過敏化した状態では、筋膜の緊張、血流低下、わずかな負荷であっても、強い痛みとして知覚されやすくなります。
筋膜という視点からみた線維筋痛症(FMS)
近年の研究では、筋膜は単なる「筋肉を包む膜」ではなく、
・張力の伝達
・感覚情報の統合
・自律神経系への影響
・疼痛調節
に深く関与する組織であることが明らかになっています。
筋膜は全身に連続するネットワークを形成しており、局所の異常が遠隔部や中枢神経系の興奮状態に影響を及ぼすという特性を持ちます。
この視点は、線維筋痛症(FMS)にみられる「痛みが全身に広がる」「日によって痛む部位が変わる」といった特徴を理解するうえで欠かせません。
トリガーポイント鍼療法は線維筋痛症(FMS)に有効なのか
結論から言えば、適切な考え方と刺激量で行えば、有効性が期待できます。
ただし、筋筋膜性疼痛症候群(MPS)と同じ発想で、「痛いところをすべて狙う」「強刺激で一気に緩める」といった介入は、線維筋痛症(FMS)では逆効果になることもあります。
線維筋痛症(FMS)に対するトリガーポイント鍼療法の意義
1.末梢から中枢への入力を整理する
筋筋膜由来の過剰な侵害刺激を抑えることで、中枢神経系に送られる痛み情報の総量を減らすことが期待できます。
2.筋膜の滑走性と循環を改善する
筋膜の粘弾性や血流が改善されることで、自律神経系の緊張が緩和されやすくなります。
3.「安全な感覚入力」を再学習させる
線維筋痛症(FMS)では、「触れられる=痛い」「動く=危険」という誤った学習が中枢に固定されていることがあります。
適切な鍼刺激は、安全で過剰でない感覚入力として作用し、痛覚過敏の再調整に寄与します。
線維筋痛症(FMS)に対する治療戦略の実際
線維筋痛症(FMS)を疑う場合、臨床では以下を重視します。
強刺激を避け、刺激量を慎重に調整するトリガーポイントは「選別」して最小限に介入痛みの変化だけでなく、睡眠・疲労感・呼吸の変化を評価局所ではなく、筋膜の連続性を意識した施術構成
このように、線維筋痛症(FMS)に対する鍼治療は、
「攻める治療」ではなく「整える治療」であることが重要です。
まとめ
・線維筋痛症(FMS)と筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は異なる病態
・線維筋痛症(FMS)は中枢、筋筋膜性疼痛症候群(MPS)は末梢が主因
・両者は臨床上、しばしば併存する
・トリガーポイント鍼療法は、末梢と中枢をつなぐ調整手段として有効性が期待できる
線維筋痛症(FMS)の治療で最も大切なのは、単に「痛みを消す」ことではありません。
身体が再び「安全だ」と感じられる状態をつくること。
そのための一つの選択肢として、筋膜と神経の両面を考慮したトリガーポイント鍼療法は、今後さらに重要な役割を担っていくと考えています。
*当院は医療機関ではありませんので、病名の診断をすることはできません*
=筆者:佐野 聖(さの ひじり)/ はり・きゅう・マッサージ治療院 feel 院長=
1995年に鍼灸マッサージ師(国家資格)を取得し、整形外科勤務からキャリアをスタートしました。臨床の現場で数多くの症例に携わる中で、痛みの多くが筋肉や筋膜に由来することに注目し、2003年に横浜で「はり・きゅう・マッサージ治療院 feel」を開業。筋筋膜性疼痛症候群(MPS)やトリガーポイント治療を専門に据え、肩こり・腰痛・坐骨神経痛・五十肩・頭痛など、慢性的な痛みに取り組んできました。
その治療技術や臨床経験は、鍼灸専門誌『医道の日本』でも特集として紹介されています。